無理せずできるエステ

両手の親指と人指し指で三角形を作り、顔に当ててみると、口と鼻がすっぽりと収まります。
生命の維持に不可欠な空気、水、食物は、この小さな三角形から摂り込まれます。
まさに命のトライアングルです。
乱暴な表現ですが、目や耳が機能を失っても生命の維持は可能です。
しかし、われわれ人間をはじめとする生物は、このトライアングルがきちんと機能しないかぎり存在しえません。
私たち兄弟(歯科技工士である兄と歯科医師である弟)は、トライアングルの中の口に関わる仕事をしています。
私たちは、口1杯に放り込んだご飯の中に1本の髪の毛が混じっていても、それを簡単に取り出しています。
こうしたことが可能なのは、口がきわめて精密で鋭敏な器官だからです。
そして口を構成する要素のうち、骨のような形質で唯1表面に出ている歯は、多くの役割を担う最も大事なものです。
野生動物の場合、歯がなくなることは死を意味します。
生物の最も基本的な営みは入れて出すという循環で、口はその入り口です。
もし、口の機能に不調和をきたしてしまった場合でも、使わないわけにはいきません。
口は無理に機能することを強いられます。
口を機能させなければ、生命の維持ができないので、口を機能させることを最優先とし、全身すべてを使って口の不調和を補うのです。
つまり、口のバランスの乱れが全身に波及します。
足や手、内臓に不具合が生じれば、全身に影響が及ぶのと同様に、歯の噛み合わせを代表とする口の機能に不調和があれば、その影響は大なり小なり全身に及ぶのです。
しかし、口と全身が密接に関わっていることは、歯科医の間でさえもほとんど知られていません。
だから、かつての私たちもそうであったように、やたらと歯を削ったり、人為的に歯並びを替えたりして、口のバランスを壊してしまう治療を行う歯科医が少なくありません。
「噛み合わせと全身の健康」に主眼を置いて治療を行っている現在、私たちは、口の不具合が原因で体を悪-した多-の患者さんたちを診ています。
日々の臨床の中で強-思うことは、もっと慎重に、丁寧に、そして最小限の「治療」にとどめておけば、こんなことにはならなかったと思われる方が本当にたくさんおられるということです。
口の健康なくして、全身の健康はありえません。
そして、口の健康を保つためには「歯は極力いじらない」ことが大切なのです。
本書の題名を『いい歯医者悪い歯医者』とするには、少々の戸惑いがありました。
「悪い歯医者」と言うと、保険の不正請求をしたり、手抜き治療で法外な診療費を請求したりする悪徳歯科医が連想されるからです。
たしかにそういう歯科医も存在しますが、それは医療以前の問題で、本書で論じたいこととは違います。
私たちの言う「いい歯医者」とは、噛み合わせの重要性を認識し、歯だけではなく、全身の健康のことも考えて治療できる歯科医のことです。
そして「悪い歯医者」とは、噛み合わせの重要性に気づいておらず、虫歯は削って詰めればよいと考えている歯科医のことです。
それがどれほど危険なことか、まずそのことに警鐘を鳴らしたいと思います。
そして、できるだけ自分の歯を長持ちさせるべきこと、そのためにどうしたらよいかを記してみました。
虫歯の治療というと、みなさんはどのようなやり方が頭に浮かぶだろうか。
歯の茶色-変色した虫歯の部分をガリガリと削り、削った部分に詰め物をする。
削ると痛い場合は歯茎に麻酔の注射をする。
たいていの歯科医は変色した部分が見えな-なるまできれいに歯を削る。
そして、発案者のブラックの名を採り、歯科医の間で「ブラックの法則」という名で知られている方法で、金属を詰めるためにさらに大きく削っていく。
この学説は、1八九1年に「予防拡大の理論」として発表されて以来、歯科大学の教科書の最重要事項となったから、この名を知らない歯科医は一人もいない。
虫歯の治療と言えば、結果的に大きく削らなくてはならない「ブラックの法則」が唯一絶対の治療法とされ、ほとんどの歯科医が今でも採用している。
しかし、この治療法にはきわめて重大な欠陥がある。
どうしても削る部分が必要以上に大き-なり、健康なエナメル質や象牙質まで削ってしまうということだ。
たいしたことのない虫歯だと思って歯科に行ったら、ずいぶん長い時間かかって歯を削られたという経験が、たいていの人にはあるだろう。
そして、口を濯ぐ合間に舌で歯を触ってみて驚-のである。
こんなになくなってしまったのかと。
だが、時すでに遅し。
一度削った歯は、二度と元に戻らない。
それでも、これで二度と虫歯にならないというのならまだいい。
だが、何年かすると詰め物の端から黒-なって-る。
また虫歯になったかと思っているうちに、ある日詰め物が取れて、再び歯科の門をくぐるというわけである。
そして、当然のことのように、前回にもまして大きく歯を削り、大きな詰め物をする。
それも、またいつしか虫が食い、今度は神経を抜いて金属を被せるようになる。
そして最後には完全に歯がダメになって、両隣の歯を削ってブリッジを入れ、やがてはそのブリッジもダメになり、入れ歯をせざるをえなくなってしまう。
これが、日本におけるごく一般的な虫歯治療だ。
ところが、目を世界に向けてみると、嚇蝕(虫食い)の予防法や充填材料の進歩によって、ブラックの法則は、とうに時代遅れの治療法となっている。
一九九〇年には、feffiO(世界保健機関)の傘下にあるfcQ-(国際歯科連盟)という機関から、「ブラックの法則の完全撤回」という通達が出されている。
この通達を簡単に言えば、歯を必要以上に大きく削ってはいけないということである。
イギリス厚生省の過剰診療調査委員会では、「ブラックの法則の完全撤回」の通達を受けて、「この改革についてこられない歯科医は無能である」といった内容の報告書が発表された。
「歯は極力削らない」というのが、今や世界の常識なのである。
ところが、日本では、めったにその話が出てこない。
知っていてわざと通知しないのかどうかはわからないが、そのような情報が個々の歯科医に伝わっていないのである。
そして、町の歯医者では相も変わらず、歯をガリガリと大きく削るだけの治療を続けている。
「日本の常識」は、「世界の非常識」なのだ。
日本の歯科医のほとんどは、イギリスでは無能扱いされることだろう。
ブラックの法則で治療をしているかぎり、虫歯は治らないのである。
それどころか、この治療法は必要以上に歯を削るため、歯の寿命を縮めるうえ、歯の噛み合わせバランスをあっという間に崩してしまう。
このバランスが大きく崩れると体に大変な弊害をもたらす。
それにもかかわらず、日本の歯科大学では、授業時間の大半を使って、歯を削ることばかり教えている。
もちろん、まったく削らなくていいというわけではない。
ある程度、離蝕の進んでしまった虫歯の場合は、削らなくてはならないこともある。
だが、奥歯のへこんだところが黒っぼくなったというくらいなら、サホライド(フッ化ジアミン銀)という進行止めを塗って様子を見るというほうが、最終的に歯を長持ちさせることになる。
本来、歯科医は治療にあたる前に、削ることによって生じる弊害と削らずに最小限の治療を続けた場合の虫歯の進行とを比較検討して、はたして本当に削ってよいかどうかを慎重に判断しなくてはいけない。
しかし、現状ではこうしたことはまったくなされていないのである。
これは歯科医の責任なのだが、その結果、患者さんにも、とにかく何か詰めれば治ったと思ったり、自費で金を入れたから大丈夫だと考えたりする人が多い。

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